推し活動に学ぶこれからの広告・コミュニケーションとは?

あなたに「推し」はいますか?「推し」とは、広義の意味で「好き」「応援したい」対象を示す用語です。
今では、アイドルやキャラクターをはじめ、よく行くお店の店員さんまで、次元やジャンル問わず一般的に使われるようになりました。アイドルオタクの女子高生を描いた、「推し、燃ゆ」が芥川賞を受賞し、かつてのスーパーアイドルである小泉今日子さんまでもが推しの存在を公言しています。推しは人生そのもの、という人も少なくありません。

本コラムでは、推し活における間主観的な意思表明と、
我々広告会社のあるべき姿を少々強引にこじつけて考察していきます。

不透明でアイロニカルな時代

VUCA時代と言われるように、未来が不透明で曖昧な時代です。一方で、雑誌の特集や広告等のマスメディアにおいては、「自分らしさ」「ご自愛」「自分モテ」といったワードが並び、生きる指針を自分自身で切り拓くことを推奨されています。現代社会は、自分で生きる指針を求められるのにも関わらず、自身の欲求を見出すことが難しい。そうした二律背反な構造があるように思います。主体的に生きるために、自らの意思を持ち、取捨選択していく力が求められています。しかし、本当にしたいこと、欲望を見出すのは至極困難なことで、過渡期に生きる私たちは日々手探りで生きているような気がします。
パーソナルカラー診断、骨格診断、コーチング、ストレングスファインダー等、1人ひとりに最適解を与えるサービスが流行っています。これは、自分自身が好きなもの・得意なものを最短で見出してほしい、自分自身がわからないから明確化してほしい、という願望の表れではないでしょうか。

推し活動はセラピー?なぜ推し活をする人が増えたのか?

「自分の欲求がわからない」そんなモヤモヤムードを照らす「推し」という一縷の光。推し活は、自己欲求を著しく顕在化します。推しを通して自分が拡張されていく感覚。推しの物語と共鳴し、同一視することで活路を見つけたような気持ちになるのです。
推し活に限らず、スポーツ・勉強・仕事など夢中な状態は楽しいものです。努力して、目標を達成して行くことで快感が得られます。さらに、推し活は前述のような地道な積み重ねと比べて、手軽にカタルシスを感じることができます。もちろん、純粋に好きという気持ちが大きいと思います。寧ろ、愛が全て!でしょう。しかし、敢えてメタな認知をするのであれば、主体的で地道な努力せずとも、好きなものによって自己の欲望を顕在化し、アイデンティティの確立を行っている、と考えられるかもしれません。
推しへの想いを通して、自己を見つめ直す作用は、一種の麻薬、いや、最早セラピーと言っても過言ではないでしょう。
推しを介して代替的に、自分自身を応援・承認しているのです。なんにせよ、「推しのいる生活」によって得られる、張り合いや、豊かさは他の社会活動と等しく尊いことだと肯定したいです。
推し活界隈には、「徳を積む」という言い回しがあります。推しに見合う人となるために、日々善行を積むという考えです。推しに対する熱量は、自己実現、さらには社会貢献といった崇高な活動へも辿り着いています。
海外の巨大なファン組織においては、ファン自らが広報となり、対象の売上げや注目を増やすために応援の仕方を拡張する文化があります。
推し名義での寄贈なども盛んです。さらには、ファンが政治的活動にまで影響を与える「ファン・アクティビズム」に及ぶことも。中国では行き過ぎた推し活を規制する動きまで出てきているといいます。「推しと一ファン」という閉じた関係を超えて、社会においても大きな影響を与えているのです。

推し活動に学ぶべきこと

さて、広告・コミュニケーションが、生活者に対して「推し」のように「尊い」影響を及ぼすにはどうしたら良いでしょうか。
まず、「心地よい体験へ導く」きっかけを作っていくことが不可欠でしょう。
消費活動を煽るのではなく、生活者が「本当に好きなもの」「夢中になれるもの」と巡りあう場を提供する。また、生活者に寄り添い、彼らが本当に自分を好きでいることができる人生の選択肢を与え続けることも大切です。そして、最終的には社会とのつながりを作ることが理想です。生活者自身が、熱心な信奉者となり、善く生きるための自助を促す。ひいては、社会的な課題や未来の開拓を促すサイクルを提供するのです。
企業は、いかにCVさせるか・ROIが高いかといった確実性を求めてしまいます。
しかし、生活者と長期的に伴走していくこと。単発施策ではなく、商品やサービス、施策そのものを研鑽し、長いスパンで生活者の主体的な欲望を引き出していくことが求められていくのではないでしょうか。
CDP・DMPによる顧客データの蓄積で、マーケティングを一括化する動きが注目されています。
解像度の高いペルソナ設定や顧客のカスタマージャーニーを明瞭に描けるようになりました。例えば、「ある人に推しが誕生する瞬間」や「人が恋(沼)に落ちていく様子」の観測がより高い精度で可能となりました。弊社においても、オンライン~オフライン一体型のリアル行動データを元に、コミュニケーションを支援するサービスを提供しています。だからこそ今後は、好きなものだけに特化させるのも良いですが、ツボを突きながらも、偶発的な体験を提示することが望ましいと考えます。予期せぬ出会いを契機にいつの間にか、心地よい沼にはまる可能性もあるでしょう。
「推し」とは、愛とリスペクトを混ぜて、きらめきやときめきでラッピングした存在だと思います(尊い)。
そうした感情を想起させるような、コミュニケーション手法を、引き続き模索していきたい。一生活者として、推しのいるオタクとして、広告会社で働く人間としてそうしたことを考える日々です。

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